2020年度

『万葉集に親しむ』~先立つ不孝を悼む~2020年7月17日

7月カレンダーの歌は、「かわらなでしこ」。万葉集には26首あります。内12首は大伴家持で家持が大好きな花ですが、今回の歌は丹比国人真人です。最後の「いやをちに咲け」のをちは変若(をち)水=若返り水の事で永遠に咲いておくれと歌っています。7月7日は七夕ですが、残念ながら行事は全て中止ですが交野の逢合橋 万葉歌碑(岡本三千代先生揮毫)の歌の紹介です。旧暦では8月25日で立秋。夜空を見上げて歌を朗唱しましょう。(ここをクリックすると逢合橋の歌が流れます) 

今月のテーマ「先立つ不孝を悼む」の万葉歌の最初は柿本人麻呂の長歌1首と反歌2首です。
 長歌では、白玉のように大事に育てたわが子「古日(ふるひ)」を失った父母が無常な世を嘆き悲しむ心情を歌い、反歌2首では、古日が天国へ行く事ができるように賄賂まで贈ってでも無事に行く事を願い切々と歌われています。(巻5-904~906)

もう一つは、「熊凝(くまごり)哀歌」で18才の青年(相撲取りの付き人)の歌(山上憶良)です。
7月7日には、七夕(しちせき)の節句と相撲節会(せちえ)が宮廷での行事として行われていました。相撲節会は、垂仁天皇の時代7月7日に野見宿祢が角力(ちからくらべ)で勝った事から始まったとの事(日本書記)。
熊凝が奈良の都で行われた相撲節会への九州からの旅の途中で、亡くなります。この18才の青年が、父母を想い、無念の思いと申し訳ないと歌う心情を山上憶良が歌っています。(巻5-886~891)
 このように、人の一生を歌っている歌を残してくれた「万葉集」は我々の宝と思います。

『万葉集に親しむ』~日本書記入門~2020年6月19日

漸く万葉学級が再開できる事ができました。久しぶりの岡本先生の元気な声を聴けて嬉しい限りです。
最初は万葉の時代の感染症のお話で、奈良時代 藤原四兄弟が天然痘で亡くなった事や、万葉集にも遣新羅使の歌にも挽歌としてのっているとの事。

カレンダーの歌は、3月「さくら」やまざくら・4月「しの」たけ・5月「ちばな」ちがや・6月「ゆり」ささゆりの紹介です。ゆりの歌では、万葉仮名【後云】が『後もと言う』と2文字で表現されているように『略体歌』と呼ばれ、柿本人麻呂の歌に多く使われており、解読には大変だったとか!

今年は日本書記が書かれてから1300年です。資料で古事記と日本書記の違いの説明もありました。
日本書記の話は【漏刻】です。6月10日は時の記念日ですが、これは日本書記の天智天皇が671年 近江の都に漏刻をつくり「始めて候事(とき)を打つ」と記載されている事に由来しています。しかし天智天皇の皇太子時代に飛鳥で660年5月(日付は不明)に漏刻を作り民の時刻を知らせたと書かれているので飛鳥が本当の時の記念場所との事〈明日香 水落ち遺跡)
「皆人を 寝よとの鐘は 打つなれど 君をし思へば 寝(い)ねかてぬかも」巻4‐607 笠女郎

次は大化の改心「乙巳の変」です。6月12日に蘇我蝦夷を中大兄皇子と藤原鎌足が撃った政変。藤原鎌足と中大兄皇子の万葉歌を楽しく解説していただきました。最後は斉明天皇の御陵の紹介でした。