2021年度

『 万葉集に親しむ』~万葉集最長歌~ 2021年9月17日

カレンダーの歌は、つき(けやき)。けやきは槻の木で、中大兄皇子と中臣鎌足の出会いの木です。歌は高市黒人。旅の歌人といわれ18首:羈旅歌(きょりか)=旅に関する感懐を詠んだ和歌を詠っています。黒人は「遅れて来る人」(*佐々木信綱)と呼ばれています。
9月21日は中秋の名月:先生の歌「ムーンライトセレナーデ」の紹介もありました。
万葉集最長歌は、柿本人麻呂の高市皇子への挽歌で149句あります。(短歌は5句なので、約30倍)。朗々と高市皇子の生涯を高らかに謡い偲んだ長歌と反歌2首と檜隈女王(高市皇子の娘)の反歌1首。人麻呂の歌のは〈一に云う「 」)という草稿があるのが特徴との事。最後に高市皇子の万葉歌:十市皇女への挽歌を3首です。1首の歌は難訓歌で未だ読み方が判りません。3首目の山吹の万葉歌は、犬養万葉記念館に犬養孝先生揮毫の歌碑があります。
犬養万葉記念館 山吹の歌碑                  犬養万葉記念館 山吹








『 万葉集に親しむ』~遣新羅使人の旅②~ 2021年8月20日

カレンダーの歌は、白い花の「くくみら(ニラ)」を摘む労働歌で対話形式の素朴な東歌です。
今回も遣新羅使人で備後の長井の浦から始まりました。風速の浦の歌は、犬養先生の大好きなもので、万字焼きの行事が安芸津町で、毎年11月に行われています。「我が故に 妹嘆くらし 風早の 浦の沖辺に 霧たなびけり」
次は安芸の長門の島で「蝉」「ひぐらし」が詠われ、今の倉橋島で遣唐使船の復元もあります。ここでは、更に月の光を仰ぎ見て船出の歌や、亡き妻への挽歌、今までの航海の旅路を振り返り長歌と反歌で、望郷の思いを忘れ貝に託して詠っています。
蝉と晩蝉(ひぐらし)の万葉集十首(蝉1、ひぐらし9)も勉強しました。

 風早の万の字(昨年の医療従事者へのブルーライト)          富田さんのニラの白い花

『 万葉集に親しむ』~遣新羅使人の旅①~ 2021年7月16日

遣新羅使人は、飛鳥時代直前の6世紀から平安時代の9世紀まで46回続きました。万葉集には、その内の天平8年(奈良時代;聖武天皇)の第20回の1回のみの145首が載っています。平城京を4月24日(旧暦6月8日に出発し、瀬戸内海・九州・壱岐・対馬経由で新羅までの旅で、秋には帰国する予定でしたが、それは出来なかったようです。
今回は出発までの贈答歌・家を出る時の歌・出航から備中までの歌を学びました(巻15-3578~3601)。
先生の「生駒山を恋うる歌」では、出発準備中に生駒を越えて妻に会いにいく夫の心情が詠われ、別の歌では妻が夫の無事を祈る切々とした思いが伝わってきます。難波津から鞆の浦・神島までの歌では、鶴(たず)や、むろの木に託した万葉歌を学びました。
カレンダーの歌は、白い花が咲くむぎでした。LINEの連絡網を使った「白い花をみつけよう」プロジェクトに130枚もの写真が投稿されたと皆様へのお礼が岡本三千代先生からありました。下の画像はクリックするとダウンロードもできます。

『 万葉集に親しむ』~人麻呂の泣血哀慟歌を詠む~ 2021年4月16日

最初にカレンダーの歌「すみれ-たちつぼすみれ」です。
すみれの万葉歌は4首(短歌3・長歌1)で短歌3首を学びました。すみれの名は、墨入れの壺から由来しているとの事。「山吹の 咲きたる野辺の つぼすみれ この春の雨に 盛りなりけり」高田女王
4月なので桜の歌1首『散りな乱れそ』(高橋虫麻呂)で風の神である龍田大社に桜を散らさないで詠っている万葉の歌も紹介していただきました。龍田路越えの三郷の駅前に犬養先生のこの歌碑があります(*浪速に行く古代道は直越え(生駒越え)もあります。)
今月のテーマは柿本人麻呂です。人麻呂は歌の聖とも呼ばれていますが、亡くなった場所や生没年不明の万葉集の代表歌人です。
平安時代には人麻呂影供(えいぐ)と云う神としても信仰する儀式も始まり、江戸時代には朝廷から明石人丸神社と高津柿本神社(島根益田)に正一位が贈位された。(既に古今和歌集では正三位柿本人麻呂と記述)
人生まる、人丸や火止まるにも御利益があるとされ柿本人麻呂神社(柿本・人魔・人麻呂神社)は全国にあります。
人麻呂の泣血哀慟歌(亡妻挽歌)は長歌3首と反歌5首で構成されています。軽の妻と衾道の妻への哀歌です。
長歌では妻が亡くなった時の喪失感や妻との乳飲み子をあやすしかない人麻呂を切々とうたい、反歌では失った者の面影を求めて、その人の匂いのする所をさ迷い歩き、面影を追い求め嘆き泣く感情を詠ったドラマチックな歌です。(巻2-210~216)

山吹の歌(写真は、松尾大社)
「山吹の 花の盛りに かくのごと 
   君を見まくは 千年(ちとせ)にもがも」 
大伴家持 巻20-4304 天平勝宝6年3月25日
山吹には江戸城を作った太田道灌の素敵な歌もあります。
「七重八重 花は咲けども 山ぶきの 
    みのひとつだに なきぞ悲しき」
元歌は、後拾遺和歌集1154で面白い伝説が残されています。ココをクリック。

富田さんの持参の翁草
「芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)なる 
 ねつこ草 相見ずあれば 我(あ)れ恋ひめやも」
 巻14-3508 作者未詳   ねつこ草=翁草